虚馬アーカイブス

私「窓の外」が「江戸川番外地」というブログに書いた文章をブログに移行したものです。

管理人:「窓の外」
ホームページ「江戸川番外地」で過去に書いたテキストを移行したブログです。

「Mr.インクレディブル」(ブラッド・バード) The Incredibles

 かつて、夫はスーパー・ヒーローでした。世界を救い続けるとずっと思ってました。
 だが今じゃ夫はしがない窓際社員。こんなはずじゃあなかったのに。

 かつてはスーパー・レディでした。世界を救い続けるとずっと思ってました。
 だが今、妻は旦那の浮気を心配する主婦!こんなはずじゃあなかったのに。

 …って、綾小路きみまろのネタか。
 「アイアン・ジャイアント」のブラッド・バード監督がピクサーと手を組んで送り出す最新作は、そんな洒落にならない悲哀を感じるすべての男性・女性におくる子供アニメのふりした大人のエンターティメント。ヒーローの存在が許されない世界で、かつてのスーパーヒーローが栄光を取り戻そうとする物語。


 ディズニーで配給する手前、基本的なプロットは「スパイキッズ」のような体裁になっているが、ブラッド・バード監督の意識は姉弟の側ではなく、父親・母親の側に振れている。つまり子供アニメなのに両親をストーリーの主軸に据える「クレヨンしんちゃん」の原恵一に近い作風になっているが、ブラッド・バード監督の主眼はそこからさらに突き抜けて、かつてかっこ良かった父親、母親の復活に向かう。
 だからといって、子供向けアニメとしておろそかな出来映えかというと決してそんなことはなく、子供二人の見せ場もふんだんに用意されているのだが、彼らの能力は「生まれながらにしてもっているもの」=両親からの恩恵に因っているわけで、彼らが努力して手に入れたわけではない。彼らの活躍はあくまでも偉大な両親によるもの、という縛りがあるのである。
 この父性・母性への圧倒的な執着こそが、ブラッド・バード監督の作家性なのかもしれない。

 そういった保守性がありながら、それを感じさせないのがこの作品のすごいところで、映画としてもアニメとしても、ポテンシャルはおそろしく高い。Mr.インクレディブルの過去の栄光と現在の現実の描写の見事さ。親父の中年太りネタ、奥さんの異様な動きのエロティシズム、奥さんの変形や姉弟の合わせ技などの能力応用の多彩さは、見ているだけで楽しい。  スピード感は満点なのにどういう動きをしているかをきちんと把握させる絵づくりも完璧なため、見ている間は興奮の連続。

 ただ、監督の狙いからいけば、やっぱり子供たちの特殊能力は不要のように、個人的には思う。主人公が過去に与えたトラウマが元で悪の道に入ってしまった悪の親玉・シンドロームは、結局家族を危険にさらす存在というだけの理由で否定されてしまうわけだが、彼にもきちんとフォローをいれてこそ、Mr.インクレディブルは真の正義になるはずなのだ。
 Mr.インクレディブルの責任は、最終的に奴ときちんとタイマン張って 決着をつけることのはずで、それがうやむやにしたまま、家族を免罪符にして終わりっていうのはいくらなんでもシンドロームが哀れすぎる。