虚馬アーカイブス

私「窓の外」が「江戸川番外地」というブログに書いた文章をブログに移行したものです。

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 「ファインディング・ニモ」Finding Nemo(アンドリュー・スタントン)

 共同監督:リー・アンクルリッチ


 この物語はシンプルだ。一人息子がさらわれ、親は必死に息子を捜し、息子は必死に親の元へ帰ろうとする。そして最後に2人は再開する。それだけの話。にも関わらず、そんな物語を面白くしてしまうことを、さも当たり前のようにこなすピクサーというスタジオの凄さを垣間見る。ことストーリーテリングに関して言えば、まさに世界随一の工房だろうと思う。
 よい物語ありき。その当たり前を実践するのは難しいが、それを見事にやり続けているのがピクサー・スタジオである。


 カクレクマノミのマーリンは、昔妻と多くの卵を失ったため、外海に出る事に臆病となり、たった一匹生き残った息子のニモを過保護なまでに育て常に心配している。好奇心旺盛なニモは、そんな親父がウザくなってきており、反発心からマーリンの前で無茶をして、人間のダイバーに捕まってしまう。
 息子がさらわれた。そのことで必死にダイバーの乗った船を追いかけるマーリンは、船を見たというナンヨウハギのドリーと出会い、彼女と一緒に追跡の旅へ。だが彼女は覚えた先から記憶をなくしてしまう魚だったのだ・・・・。

 一方、シドニーの歯医者の家の水槽に入れられたニモは、そこで多くの熱帯魚たちと出会う。その中のリーダー・ギルは水槽の中で唯一海から来た熱帯魚だった。彼らが言うには、歯医者の姪の誕生日が近づいており、毎年一匹の熱帯魚が彼女に与えられ、犠牲になっていたのだ。脱出しなければニモの命が危ない。ギルの作戦の元、熱帯魚たちの大脱走作戦が始まった。



 とにかく個性的なキャラクターのつるべ打ちである。
 「魚断ち」をしようとする鮫、海流という名の高速道路を旅するカメたち、おしゃべりなペリカン、餌のことしか眼中にないあほうどりなど次から次へと、よくまあ、こんなに面白いキャラクターを考えられるもんだと感心する。
 だがこの映画が俄然面白くなるのは、ドリーが出てきて以降だ。このドリーの行動は読めない。なにせ記憶がなくなるので、ペラペラマーリンに話しかけてたと思ったら、突然マーリンに対して「あんた誰!?」とか言ったりするのだ。そのマーリンとドリーの掛け合いが実に面白く、唸ってしまう。

 一方ニモには切実に迫った命の危機が目の前にある。
 脱出しなければ死ぬ。命がけの脱出は、まさにミッション・インポッシブルな脱出作戦の面白さ。こちらにもまた唸る。シンプルな物語を豊かに語る。すごい。凄すぎる。

 ・・・・と褒め称えておいて、★4つなのはなんでか。
 それは、結局「魚世界」のみで物語が完結してしまったから。この映画はたしかに親と子が再会する映画なんだが、ピクサーという工房の作品は皆、「異世界と人間の交わり」が基本としてある。俺はピクサー作品の中で「バグズ・ライフ」だけがもの凄く違和感があるんだけれども、これもまた「虫世界」の中で完結してしまう物語だった。
 人間は魚を弱らす悪役でしかない。魚は魚世界にいるほうが幸せだ。そういう話に落ち着き、熱帯魚として水槽に飼われる(映画に登場しない)多くの魚には、救いがない。
 そして、人間は物語世界から完全に切り離される。

 だから、見ている間は退屈せずに練りに練られた手練手管を堪能しながら、映画が終わった後、それほど深い余韻はなかったりする。
 「トイストーリー2」のおもちゃの葛藤に涙し、「モンスターズ・インク」の怪物と幼い人間の交情に目を潤ませてきたものにとって、ピクサー作品として手応えが足りない、という思いを否めなかったのはその為だと思う。